人間は、負けたら終わりなのではない。あきらめたら、終わりなのだ。
リチャード・ニクソン
メーカー | Suki Games |
発売年 | 2019年 |
作者 | Matthias Cramer |
プレイ人数 | 2人用 |
対象年齢 | 12歳以上 |
ゲーム概要
米国史上初、大統領が任期中に辞任に追い込まれた事件
みなさんは「ウォーターゲート事件」をご存知だろうか。正直なところ、私は名前を耳にしたことはあったものの、詳細までは知らなかった。ことのあらましはこうだ「1972年のアメリカ大統領選挙において、再選を狙うニクソン大統領の陣営が、対立候補の選挙対策本部のあるウォーターゲートビルに盗聴器を仕掛けるために2度にわたって忍び込んだが、そのお粗末な手口により逮捕起訴されてしまう。これが契機となり2年余にわたってアメリカ政界を大混乱に巻き込んだ挙句、弾劾直前になってニクソン大統領はアメリカ史上後にも先にも初となる任期中の辞任に追い込まれてしまう。」この事件の裏では捜査妨害・証拠隠滅・司法妨害などが渦巻いており、これらすべてを総称してウォーターゲート事件と呼ぶ。
この事件では、ワシントン・ポスト誌のジャーナリストによる決死の記事が世間の関心を呼び、これがその劇的な結末に大きく寄与していると考えられている。したがって、このゲームにおいてもニクソン陣営対ワシントン・ポスト誌のジャーナリスト陣営の戦いが描かれているのである。
このゲームをデザインしたのは、大クラマーことウォルフガング・クラマーに対して小クラマーと讃えられるマシアス・クラマー。「ランカスター」や「グレンモア」で有名なデザイナーである。
ライト「トワイライトストラグル」
ゲームのメインメカニクスは「カードドリブン」による「Tug of war(綱引き)」となっている。さらに、ジャーナリスト陣営が、証人とニクソンを繋ぐルートを構築する「ネットワークビルド」も楽しめる。
2人用ゲームでカードドリブンによる綱引きと言えば、「トワイライトストラグル(TS)」が有名で、実際、TSを遊んだことがあれば、このゲームのルール説明時間をかなり短縮することができると思う。TSのプレイには慣れていても数時間必要だが、ルールがシンプルになっているウォーターゲートは1時間弱で終わるのはポイントが高い。
「カードドリブン」とは、カードに記載されているポイント若しくはイベントのどちらかを選択して実行していくゲームメカニクスのことである。
勢力争いとイニシアチブをめぐる綱引き
各ラウンドの前半のフェイズでは、ゲームボードの右端にある”調査トラック”を使用して3種類のトークンの綱引きを行う。両陣営交互に、カードに記載のポイントを使うか、若しくはカードのイベントを実行して任意のトークンを移動させ、トークンの奪い合いを行うのである。ラウンド終了時に1マスでも自分側に移動していたトークンが自陣営のものとなる。
ラウンド終了時にイニシアチブトークンをとっていれば次のラウンドで引けるカードが相手陣営よりも1枚増える。勢力トークンを獲得できれば、自分の勢力の優位性を高められる。証拠トークンは、ラウンドの後半のフェイズでニクソンと情報提供者を繋ぐために使用する。
それぞれ異なる勝利条件とカードセット
「ウォーターゲート」は、一方がニクソン陣営、もう一方がジャーナリスト陣営を担当する非対称の2人対戦ゲームとなっている。それぞれ勝利条件も異なり、ゲームで使用するカードのセット(デッキ)も異なるものを用いる。
ニクソンの勝利条件:大統領の任期を満了する
ニクソン陣営は大統領の任期を満了したい(途中で解任若しくは辞任したくない)。もしもそのようなことになれば、米国史上初めての汚点となるからだ。この史実にならって、ニクソン陣営の勝利条件はジャーナリストが証拠固めをすることを阻止して時間稼ぎをすることである。すなわち、ジャーナリストがゲームボード上で情報提供者とニクソンの写真を繋ぐ前に勢力トークンを5つ獲得することが勝利条件となる。
ジャーナリストの勝利条件:証拠を突きつける
ジャーナリスト側は、ニクソンが任期満了(勢力トークンを5つ獲得)する前にゲームボード上で2人の情報提供者とニクソンを証拠トークンで繋ぐことが勝利条件となる。ジャーナリスト側が勢力トークンを獲得した場合も自陣営のカード上に置いていくが、これにより勝利することはなく、有利なイベントを発生させることができるようになっている。
証拠と情報提供者のトークンは、ゲームボードに描かれたコルクボードの対応する色のスペースにピン留めしていく。表向きになっている情報提供者のトークンとニクソンの写真のルートが証拠トークンで繋がれば、勝利条件の1つを満たしたことになる。ニクソン陣営は自陣営側に引き寄せたトークン(黒色)を使用してルートを遮断してくる。
カードドリブン:ポイントかイベントか
「カードドリブン」メカニクスのゲームの面白いところは、ポイントとイベントのどちらを選択してカードをプレイするのかというジレンマである。このゲームでは、イベントとして使用したカードの大半はゲームから除外されるという特徴を持つ。したがって、デッキ圧縮という意味にもイベントを発動させることに意義が見出せるかもしれない。
こうしてトークンの綱引きを行なっていき、勝利条件を満たした陣営が即座に勝利する。
トワイライトストラグルと何が異なるのか
テーマ、綱引き以外のメカニクス、運の要素など様々な部分で両者は異なるが、個人的に一番の違いは「ウォーターゲート」には、メインメカニクスである「カードドリブン」において、自分にとってマイナスなイベントがないことだと思う。TSでは、例えポイントとして使用したとしてもイベントが強制発動するというルールがあり、プレイして公開する前に相手に有利なイベントをいかにマネジメントするかという内なる戦いがある。この点で、TSの方がゲームの深みという部分では優っていると思う。「ウォーターゲート」では、とにかくイニシアチブを失わないように攻めて攻めて攻めまくるが、TSでは防御も考えなくてはならないのである。一方で、要素を削ぎ落とした「ウォーターゲート」のプレイ時間は短縮されており、短い時間で楽しめるという点では優っている。
このゲームを120%楽しむためには
アメリカ人にとって「ウォーターゲート」は、自国の、未だにミステリーのある、しかもあまりに馬鹿げた大事件としてよく知られており、テーマへの没入感がある程度約束されている。しかし、冒頭に書いた通り、私自身もウォーターゲート事件にそれほど明るくなかったし、多くの日本人が同様であると思う。このゲームのルールは史実を知らなくても理解できる程にしっかりとしているし、知らなくてもゲームを楽しめるとは思う。でも、テーマとの整合性が抜群で、登場人物からフレーバーまでとても丁寧に作られているこのゲームの物語の部分を知らないで遊ぶのは少し勿体無い。
このゲームを120%楽しむためには、事前に2人で映画などを観て知識をつけておくとよい。そうすることで、このゲームをより一層楽しむことができるだろう。そして、このゲームをきっかけにウォーターゲート事件全体の知識を総合的に得たり、楽しんだりできるはずである。「ザ・シークレットマン」「大統領の陰謀」「ニクソン」あたりが有名であるが、「ザ・シークレットマン」はアマプラで無料で視聴できるので私もゲームを遊ぶ前にパートナーと一緒に観た(舞台映画のような展開で、会話メインで淡々と進行する映画のため人を選ぶが、主演男優リーアム・ニーソンが劇シブい。)。
圧巻の日本語版
このゲームの日本語版は数寄ゲームズが販売している。この規模の市場の製品としては狂気とも言えるレベルでしっかりとした日本語版が圧巻である。ボードゲームの翻訳家として名高い永峰氏をはじめ、日本語版製作陣の弛まぬ努力を感じる本作品は、そのブックレットのみでも所有の価値があるレベルである。このゲームは言語依存が高いため、恐らく、日本語版が発売されなければ日本で日の目を見ることはなかったとも考えられ、数寄ゲームズの功績は大きい。余談だが、日本語化されたゲームボードの走り書きの文字の下手さ加減の調節に苦労が垣間見える気がする。
ソロプレイ用ソリティアルール
有志の手による、ソロプレイルールが公開されています。このルールでは、プレイヤーはニクソン陣営として、オートメーション化されたジャーナリスト陣営を相手にゲームを楽しむことができます。中々歯応えのあるルールで評判も良いので、和訳したルールをこちらに公開しておきます。
プレイ記
自宅にてAMIと2人プレイ。正義のCOQはジャーナリスト陣営。
ジャーナリスト陣営のイベントは、ニクソンの動きに対するカウンター的(リアクション)なものがあり、情報提供者を呼ぶ以外の目的で序盤に使用したくなるものが少ない。一方、AMIはガンガンとイベントを発動させてくる。ニクソン陣営はアクションが強いので多分それが正解。
この手のゲームでカード1枚の差の大きさを知っているCOQは、なんとしてもイニシアチブだけは譲るまいとしながら証拠トークンを細々と集めていく。
しかし、肝心の情報提供者の支持を取り付けるイベントの引きが悪く、ニクソン陣営に先を越されて情報提供者が次々と黒くされていってしまう。やっと情報提供者のカードを引いても、イニシアチブを与えないための駒移動で中々チャレンジができない。カードバランスは非常によく取れていて、白熱の綱引きである。
しかし、相手のイベント攻勢の凄まじさに負けて、遂にイニシアチブを取られてしまう。こうなると、劣勢の状態でカードが1枚少なくなってしまうので完全にジリ貧。あっという間にあと勢力トークンひとつで勝利条件を達成されてしまうところまで追い詰められてしまう。
持っているのかなぁ? リ・ア・ク・ショ・ンー
最後のラウンド、勢力トークンを引き寄せられたら負けという場面で、ジャーナリスト陣営のカウンターカードがあるかどうかを確認してくるAMI。COQのカードを1枚ランダムに捨てさせるカードをプレイして牽制してくる。そして、カウンターカードがないことを確認すると、トークンを移動させるイベントでとどめを刺されて終わり。この時、COQの手札にカウンターはなかった。
プレイ時間40分
総評
Silver
政治スキャンダルという重いテーマとは裏腹に、かなり軽い感覚で楽しめるゲームです。ライトにTug of Warのゲームが楽しめます。この手のゲームは幾つかありますが、2人用のこのジャンルではベストの類に入るのではないでしょうか。毎手番、カードをどちらの役割でプレイするのが最良か、パズルを解いているようなプレイ感です。TSと違い、マイナスイベントを考慮しなくて良いのでサクサク進みます。
ネットワークビルドのメカニクスまで入れて、両陣営のカードのバランスが整っているところが素晴らしいですね。どちらの陣営が強いというのは賛否両論あるようです。カードをざっと見たときはジャーナリストの方が強いかと思ったのですが、あっさりニクソンに負けましたし。
テーマがとてもゲームに合っています。ウォーターゲート事件という米国史上最大の政治スキャンダルという歴史に興味をもつという意味でも良い体験を提供すると思います。やはり、ある程度歴史を学んでから遊んだほうが面白さが倍増すると思います。
高いレベルの日本語版が発売されており、日本でもたくさんの人が遊べる環境であることはとてもありがたいことです。2人で遊ぶ機会のある人は買っておいて損はないと思います。
購入先情報
数寄ゲームズさんのECサイト